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2005年 02月 15日
最近は、アメリカ型の効率経営が普通になってきているので、人材に関しても、目的とする能力を持つ人を、その場その場で集めればいいという風潮のように思います。
従来の日本型経営の場合、新人がモノになるかどうかわからないけど、最初は誰でもそうだし、我慢して育てましょうということで、不文律の社会負担のようになっていたものが、そういう部分での余裕(あるいは無駄)が許されなくなってきているということでしょう。 人が成長するかどうかは、結局はその人の資質と意欲によるので、新卒の段階でモノになるかどうかわからない人は、新卒派遣でもして経験値を上げてから、社会に認められましょうという、今のシステムが、公平でいいのかもしれません。 でも、その分社会的には、「自分だけの価値」や「個性」を求めて「自己中」と「生き方の行き詰まり」に至ってしまう若い人と、そういう若い人を教育せずに斬り捨てる大人が、なんとなくギスギスした世の中を作ってしまっているような状況になっていることも否定できません。 従来の日本型経営は、不要な人材も窓際に抱え込むなど、無駄も多かったのでしょうが、それが新社会人の教育なども含めて、機構的に社会福祉の一端を担っていたことは、無視できない機能だと思います。 それが失われつつある以上、なにか代わりになるような社会的システムを、相互負担で作り上げないと、アメリカのように社会の多様性がないのに、形式だけアメリカ型の、余裕がなく豊でもないミニアメリカになっていってしまうように思います。 自分がわりと気楽に働いてるので、なんだか世間が生き急ぐように生活しているのが、心配になってしまいます。
by inu_udon
| 2005-02-15 13:16
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